特集『ドライブ・マイ・カー』

 濱口竜介監督の最新作『ドライブ・マイ・カー』が8月20日(金)より公開された。今年の「第74回カンヌ国際映画祭」コンペティション部門にて脚本賞を受賞し、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞という3つの独立賞を受賞したことも記憶に新しい。小誌NOBODYでは「特集『ドライブ・マイ・カー』」と題し、本作を巡る論考に加え、これまでNOBODYと深く関わりをともにしてきた濱口竜介監督との足跡とを、独自のアーカイブ形式にてお届けする。
 重ねて、掲載と訳出の許可をいただいたティエリー・ジュス氏には、この場を借りて改めて感謝の意を申し上げたい。本特集が『ドライブ・マイ・カー』のさらなる魅力に迫るための一助となれば幸いだ。

8/20(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

公式サイト:dmc.bitters.co.jp/


『ドライブ・マイ・カー』
原作:村上春樹 「ドライブ・マイ・カー」 (短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介 脚本:濱口竜介 大江崇允 音楽:石橋英子
製作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会 製作幹事:カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンド
制作プロダクション:C&Iエンタテインメント 配給:ビターズ・エンド 
©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
2021/日本/1.85:1/179分/PG-12

喪に服し、エロティシズムに満ちた長い精神の旅

© 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

ティエリー・ジュス

 村上春樹の短編を原作とする『ドライブ・マイ・カー』は、濱口竜介の説話技法が驚くべきものであることを証明する。それはすでに、濱口の以前の諸作品、とりわけ『寝ても覚めても』で明らかだったが、本作においてこの映画作家はそれをさらに洗練させ、物語の深さに一層磨きをかけ、飛躍を見せた。数年間の出来事を3時間で描くなかで、『ドライブ・マイ・カー』は『ワーニャ伯父さん』を上演しようとする劇作家・家福に焦点を当てる。

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やつめうなぎ的思考

© 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

木下千花

 濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』は、やわらかく青みがかった大きな窓を背景に、ぬらりと身を起こしたまま語る女の黒いシルエットで始まる。女は言う。「続き、気になる?」
 本作が村上春樹の同名作品ばかりではなく、短編集『女のいない男たち』(文春文庫、2016年)にいっしょに納められた他の短編からも想を得ていることを知っている者なら、すぐに思い当たるはずだ。「ああ、「シェエラザード」だ」と。シェエラザードは、同名の短編小説において、ある秘密組織の「ハウス」に滞在している語り手の男性の元に、家事と性的サーヴィスを提供するため週に2回ほどやってくる30代の主婦であるが、性行為のあと、あたかも『千夜一夜物語』の美妃のように面白い話を語って聞かせるのだ。

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音という旅

© 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

坂本安美

隔たりの青

 夜が明けようとしている時間帯だろうか、大きな窓の外には水に滲んだインクのように濃い青色がぼんやりと空を染め、その下に広がる街がうっすらと見えてくる。形を帯びようとしている世界を背後に、黒いシルエットが私たちの目の前に現れる。音(霧島れいか)、それが女の名前であり、影絵のように動くそのほっそりとした身体からは低い声が響いてくる。彼女と共にベッドにいる男、夫の悠介(西島秀俊)は、微睡みながらもその声が語る「恋する空き巣の少女」の物語に聞き入っている。人間関係の深淵なる部分、「親密さ」を映画でとらえるという、現在の日本映画においては稀有な試みを続けている濱口竜介の最新作『ドライブ・マイ・カー』は、一組の男女のまさにもっとも親密で、秘められた場面、セックスの後のベッドでの会話から始まる。

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テクスト(コン)テクスト

© 2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

隈元博樹

『ドライブ・マイ・カー』を見ていると、俳優たちのある仕草が気になってくる。それは広島での国際演劇祭に向けて、アジア各国から公募で選ばれた彼/彼女らが『ワーニャ伯父さん』の本読みを行っている場面でのこと。その稽古場では四方に机が並べられ、俳優たちはそれぞれに身体を向かい合わせ、配役ごとにゆっくりとセリフを母国語で読み上げていく。

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濱口竜介(はまぐち・りゅうすけ)

1978年12月16日、神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も日韓共同制作『THEDEPTHS』(2010)を東京フィルメックスへ出品、東日本大震災の被害者へのインタヴューからなる『なみのおと』、『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(2011~13/共同監督:酒井耕)、4時間を超える長編『親密さ』(2012)、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』(2013)を監督。2015年、5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。さらには、商業映画デビュー作『寝ても覚めても』(2018)がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、短編集『偶然と想像』(2021)はベルリン国際映画祭にて銀熊賞(審査員大賞)を受賞、脚本を手掛けた黒沢清監督作『スパイの妻〈劇場版〉』(2020)はヴェネチア国際映画祭にて銀獅子賞受賞を果たす。そして商業長編映画2作目となる本作『ドライブ・マイ・カー』(2021)にて第74回カンヌ国際映画祭脚本賞ほか、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞という3つの独立賞を受賞した。

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NOBODYでは監督作『PASSION』の発表以来、これまでに濱口竜介監督への取材を行い、作品について考え、「対話」を試みてきました。本特集『ドライブ・マイ・カー』にあたり、過去に刊行されたバックナンバーやWEBを通して掲載された、濱口監督にまつわるいくつものアーカイブをここでご紹介します。

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