特集『春原さんのうた』
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1月8日(金)より公開中の杉田協士最新作『春原さんのうた』。「第32回マルセイユ国際映画祭」インターナショナルコンペティション部門にてグランプリの他、観客賞、俳優賞(荒木知佳)の3つの賞を受賞した本作は、その後も世界各国の映画祭での上映を果たしたのち、このたびの日本公開では、初日からの3連休全ての上映回(ポレポレ東中野)を満席で迎えることとなった。
小誌NOBODYでは「特集『春原さんのうた』」と題し、監督インタヴューに加え、本作に寄せられた3つのテクストをお届けする。『春原さんのうた』を表象する時間、うた、窓/フレーム……。そのことをめぐる文章の数々が、本作に寄り添うための一助となれば幸いだ。
『春原さんのうた』杉田協士インタヴュー
歌人・東直子による第一歌集『春原さんのリコーダー』の表題歌を映画化した本作には、沙知が抱える過去の喪失に対し、穏やかにも優しく見守る人々の姿が淡々と映し出されていく。登場人物たちが辿るそうしたいくつもの時間と対話は、開け放たれた窓や扉を涼しげに抜けていくひとつの「風」となり、そして「うた」となることで、止めどなく画面の内外を息衝いていることだろう。そんな『春原さんのうた』が記録、あるいは記憶として残していくものについて、ロケ地のひとつとなった聖蹟桜ヶ丘の「キノコヤ」の2階から落ちていく西日を眺めながら、監督ご本人にお話を伺った。
2021年11月15日、聖蹟桜ヶ丘
取材・構成・写真:隈元博樹
「その日その時にしかない瞬間をパッと捕まえる」
——まずは『春原さんのうた』を制作することになったいきさつからお話いただければと思います。
杉田協士(以下、杉田) 私にはもともと、映画を作ることへの欲望があまりないんです。映画の題材を溜めておいて、作る機会を待つといったこともありません。『春原さんのうた』を作るきっかけになったのは、主演の荒木知佳さんとのちょっとした出来事でした。このあたりの話はご本人も公にして大丈夫とのことなのでお話しすると、マスクで顔を覆った荒木さんに会ったのがきっかけです。3年くらい前に、荒木さんは歯並びを見てもらうために歯科医院に行って、その噛み合わせのままだと命に関わると診断されたそうです。そこから大掛かりな手術も含めた長期間の治療が始まって、私が荒木さんに会ったのは、その手術を終えてまだ顔が腫れてる時でした。医師からは安静にするように言われてて、わざわざ許可をもらって渋谷のユーロスペースまで私の前作の『ひかりの歌』(2017)を見にきてくれたんです。その時はまだコロナ禍の前でしたが、ご本人だとわからないくらいの大きなマスクをしてて、上映後のロビーで声をかけてくれても最初は誰かわからなくて。その時のにこにこしてる荒木さんの目を見てたら、勝手に励ましたい気持ちになって、「その治療が全部終わったら、記念に一緒に何か撮りましょう」と約束してたんです。当初は短編くらいに思ってました。自分もプライベートで生活が変化してく時期で、そのなかで映画を撮るのはすごく大変なことでもあって、ただ一方で、この先何回も映画をつくることはないだろうから、「どうせ大変なら」ということでいっそのこと長編にしようと思ったんです。
荒木さんのことはその頃まだよく知らなかったので、下高井戸の喫茶店で一度お会いして、雑談することから始めました。北海道での生い立ちや子ども時代のこと、ご家族やご友人の話、どうして東京の大学を選んだのかとか、そこでいろんなことを聞きました。その帰りの電車の中で、東直子さんのある一首の短歌が閃いて、東さんの短歌を原作に映画を作ってもいいかどうか、ご本人にメールでご相談しました。そうしたら20分後ぐらいに返信が届いて、「うれしいです!」と(笑)。私もうれしかったです。著作権のことは気になってたんですが、どうやら短歌は基本的に作り手本人の所有とのことで、東さんもスムーズにOKを出してくれたのだと後で知りました。
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