イサーンへの旅
——「旅するタイ・イサーン音楽ディスクガイド TRIP TO ISAN」(以下、「TRIP TO ISAN」)の表紙には「ISAN」の文字が大きく書かれています。モーラムなどイサーンの音楽に、おふたりはどのようなところから興味を持たれたのでしょうか。
宇都木:モーラムというのは基本ミニマル・ミュージックなんですね。ビートはぶっちゃけどうでもいいんです。ヒップホップと一緒で声なんですね。それをラムと言うんですけど。抑揚をつけて語る芸能というのがモーラムなので。抑揚をつけるためにはビートってミニマルじゃないといけないじゃないですか。僕らはもともとテクノが好きだったのでそのミニマルさが直球でガッと来たんです。
高木:だから、ダンス・ミュージックだったんですね。僕も最初の頃はモーラムとして聴いてないです。テクノとして聴いてました。
宇都木:僕らが良かったのは若いときにアジアに行ってなかったんです。お金が貯まるとテクノを聴きにドイツやイギリスのクラブに遊びに行ってました。2000年くらいにそれまで集めていたテクノのレコードを全部売っちゃったんですけど、タイ音楽のレコードを集め出したときって以前ヨーロッパでレコードを頑張って買ってたときみたいな気持ちに戻ったんです。
——テクノのレコードを売ってしまったのには何か理由があるんですか。
高木:ちょうどFINAL SCRATCHとかそういう機械が出始めた頃で、MP3とかでDJをする時代が来てました。そうするとレコードを持っている意味なんてないんじゃないかみたいなのがあって。
宇都木:いまでもテクノは聴いてるんですけどもうSoundCloudでもMP3でも何でも聴ければいいじゃんってなって。イサーンの音楽はレコードを買わないと聴けないのがわかっていたので買い出したら、のめり込んじゃったんです。
——またそれがイサーンというタイのある地方の音楽だったというのが面白いですね。
高木:そうやって自分たちがタイの音楽を集めだしたときに、なんかこれかっこいいなと思ったのは全部モーラムだったんです。もうひとつルークトゥンというジャンルがあるんですけど、モーラムとルークトゥンというのは何が違うんだろうというのを調べていたらモーラムというのはイサーンのものなんだというのを知ったんですね。僕らがモーラムとかルークトゥンにハマりだしてこれかっこいいなと言っていたのっていま振り返るとすべてラーオ系だったんです。
もうひとつイサーン音楽にハマった理由は、結構難易度も高かったんです。僕らがタイに行く5年くらい前からいろんな国のコンピレーションを出すシーンが始まっていて、当時タイのものでも5、6枚は出てました。僕らがレコード掘り出した頃にはバンコクのレコード屋に行っても、LPは基本ジャケット付いているんで中身がわかるじゃないですか。もうバコバコ抜かれてました。だから、僕らはスカスカになった棚から始まったんです。本当に負けから始まったんです。
宇都木:最初はバンコクではいいレコードが買えなかったんですね。そこでイサーンに行ってレコードを買うようになるんです。
高木:ただイサーンに行ってもレコード屋もないですし、レコードなんてかなり前のものなので見つからないんです。だから僕ら蚤の市とか民家に行くしかなかった。
宇都木:知らない場所に行って、友達を作って、レコード探して。たいがい音楽好きな人が集まってくるからみんなよくしてくれるんですね。本当にご飯とかおごってもらってばかりで。僕らも日本からお土産を持って行ったりして、そういう人付き合いが生まれていきました。そうすると、アンカナーン・クンチャイさんとかアーティストの人たちや音楽の権利を持っている人たちと会わせてくれるようになるんです。「あの人、あの辺に住んでるよ。会いに行ってみれば」みたいな感じで言われて。
——そういう人の繋がりによってアーティストの方たちとも知り合いになられていったんですね。
高木:やっぱりあの人たちスターなんで、簡単に会えると思わないじゃないですか。
宇都木:でも、実際に会いに行ってみるとだいたいみんないい人たちだから、「日本からあなたのファン来ているわよ」と言われたら、すぐにお茶を飲みなさいみたいに歓迎してくれるんですね。それで、せっかくなので彼らのインタヴューを取っていこうとなりました。
提供:Soi48
高木:そういうことをやりだしたのが2010年くらいです。いま思うと結構経ってますね。
宇都木:同時に音楽の権利を持っているプロデューサーたちと知り合いになると、欧米の白人たちがどれだけタイの音楽を欧米で適当に売っているのかを知るようになるんです。その辺りは『バンコクナイツ』と似てますよ。レコードの世界も植民地みたいになっているんです。白人たちはタイとか東南アジアで買ったレコードを権利も取らずに勝手に再発したりしてたし、タイ人から安く買ってeBayとかDiscogsといったサイトで高値で売るっていう。
——音楽を作ってきた彼らの知らないところでレコードビジネスが行われている。
宇都木:僕らレコードが好きだからよくアフリカにレコード掘りに行かないのって聞かれるんですね。いまアフリカのレコードってすごく高いんですよ。でも、本当に世界大戦の植民地構造と一緒でアフリカのレコードだとフランス人とかヨーロッパのディーラーが全部買っちゃうんですよ。
高木:アフリカはフランス。インドはイギリス。植民地と全く同じ構図になってるんです。第二次世界大戦のすぐ後くらいがレコードの時期なので、インドだとEMI indiaやHMV indiaがレーベル運営していて欧米に支配されちゃってる。実際、アフリカのレコードはフランスに行った方がコンディションいいものが残っているといいますもんね。タイの音楽にしても、僕らがEM Recordsから出す前のコンピレーションって国内外問わずほぼブートレグなんです。
宇都木:それがなんでわかったかってというと、僕らレコードを出すために権利を持っているイサーンの人と交渉しますよね。そのときに、誰々が買ったときと同じ条件でいいよとかそういう話が普通は出てくるもんじゃないですか。でも、彼らはそうしたレコードが出ていることすら知らないんです。そういうところで白人が東南アジアの音楽を適当にヨーロッパで売り出しているというのがわかりだしてきた。もっと言うと、いまだとアフリカでも東南アジアでもどこだってインターネットで検索すればブートレグが出てるかなんてすぐにわかるじゃないですか。そうすると、欧米の人たちは権利料を払ったり、無断で販売してトラブルになったりするのが面倒くさいから、昔の音楽を再発するのをやめてしまうんです。それでどうするかといったら、白人が現地の人とバンドを結成して、プロデュースして新しく録音するのが流行っているんですね。あとはフィールドレコーディングも流行しています。その場で録音しているのだから権利はかからないだろというスタンスです。
——現地のそれらしい音楽を今度は自分たちで作るようになっているということですか。ほんとにひどいですね。
宇都木:打ち込みとアフリカの弦楽器を合わせたらクールだよねといったトレンドがヨーロッパですごい来ているんですけど、僕らそれにすごいムカついてて。もちろんかっこいいものもあるし、そういう音楽を全否定するわけじゃないんですけど、お前ら散々アフリカや東南アジアで好き勝手やってきてそれが通用しなくなったらもう自分たちで作っちゃえばいいじゃんってどれだけ身勝手なんだよと。だから、その怒りでこの本が作られたところもあるんです。
高木:怒りで作ったのは確かですね。