読み解くのにも、7年かかってほしい

——「TRIP TO ISAN」はそうしたイサーン音楽のことが体系的に書かれていて興味深いです。この本は読むだけだったら2週間もあればできますけど理解するには何年もかかる本ですよね。ちゃんと理解できてないけど、読み進めるうちにこれ何か凄そうだぞというのがわかる。久しぶりにちょっとワクワクして読んでました。

宇都木:この本を作るにあたってひとつこだわりがありました。例えば、この本では歌詞を翻訳したりしてプルーン・プロムデーンの曲を大きく扱っているんですけど、この曲ってDJで使えるようなキラーなレコードではないんですね。ただ僕ら的にはこの曲はすごく重要なんですね。

高木:プロムデーンの曲は歌じゃなくてコントなんです。しゃべりと歌を混ぜるスタイルを作った人です。その意味を知っているとやっぱりこれを大きくするだろうとなるんですね。他にもこの本でなぜこの盤が大きく載っているんだろうというのは実際にレコードを集めだすとわかるようになるはずです。

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宇都木:そこはすごく意識しました。そこに気付いたときSoi48の人たちってすごいなって思ってくれると同時に、そこに気付いた自分も成長したなと読者の方にも思ってもらえるんじゃないかなと。インターネットの世界が大きくなったことでいまだとその価値もちょっと調べれば全部わかってしまいますよね。そうなってしまうと極端な話、DJをやったらみんな同じレコードばかりになってしまう。そんなの面白くも何ともないけど、ただこういう知識を知っているとより深みが出ると思うんです。どの歌詞を翻訳して載せようかとか、歌詞の面白いのがいいなとか、正直これはつまらない歌詞だけどこれは売れた曲だから載せなきゃダメでしょとか。そういうどのレコード盤を大きくしてどれを小さくするか考えるのは結構大変でした。僕らもインターネット大好きなんでYouTubeでもなんでも見ますけど、インターネットだけでは解明できない本にしたかったというのはすごいありました。

高木:この本を作るのに7年くらいかかっているので、読み解くのにも7年くらいかかってほしいですよね。本当は旅コーナーに置いてもらえるような本にしかったのでなるだけポップに見えるようにデザインしていったんですけど、ちょっと濃くなりすぎちゃいましたね。

宇都木:実はこの本が出る話がこれまで4回もあったんです。しかも、どれもこちらから売り込んだわけではなくて、出版社の方から出しませんかとオファーが来ました。それが、企画が通らなかったり、これはちょっと嫌だなとこっちで断ったりしてずっと出すことができなかったんです。

高木:カラーはダメとかサイズをA4にしないといけないとかもあったし、僕ら的にも納得いかないところが何個かあったりとかして。ものすごくつまらない本ができるんじゃないかなというところがやっぱりあったので。

宇都木:タイだけでなくてアジアの本にしてくれというのもあったんですけど、僕らはまずはタイ音楽を独立させて、一つのジャンルとして認知してもらいたいと思っていたので。いろんな音楽に詳しくなってからアジアで出すのは嫌じゃないんですけど、自分たちがまだ何ひとつできていないのにそれをやるのには抵抗がありました。

高木:最終的にそれをやるのはよかったんですけど、最初からそれをやるのは嫌でしたよね。やっぱり最初はイサーンがよかった。

宇都木:それがこのタイミングで出たというのは、富田監督的にはカルマっていう。アピチャッポン(・ウィーラセタクン)にも言われたらしいですけど。やっぱりそういうのはあるのかなって僕も最近はすごい思います。『バンコクナイツ』の中でルペット・レームシンの「田舎はいいね」が流れますけど、最初は現地で出ているCDの音源を使おうとしてたんです。ただそのマスタリングが悪くて、山﨑巌さんとYOUNG-Gがチェックして「これは小さい映画館ならいいですけど爆音だと耐えれませんよ」と言われて。他の音源も探して渡したんですけどそのどれも使えなかったんです。それでもうレコードしかないという話になって。

高木:ただレコードを探して来いって言われてもそこら辺に売っているわけじゃないですから。そのレコード自体がレアなもので簡単に見つかるものじゃないんです。

宇都木:お金で解決できるんならするんですけど、そもそも僕らも何年も探してて見つからなかったものなので。それがロカルノ映画祭に送るデッドラインの一週間前に見つかったんだよね。

高木:ピカピカのが出てきたね。

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——そんなことがあるんですね!

高木:本当にたまたまでした。

宇都木:あれは本当にカルマだよね。びっくりしました。あと、この本にどうしても載せたかったレコードがあったんですけど、それも最後の最後になって3、4枚出てきましたね。

——この本でもすごく詳しくイサーンの音楽を紹介していますけど、おふたりもまだまだ掘りきれていないんでしょうか。例えばですけど、この本の続編を作ることもできるんでしょうか。

高木:まだまだ僕らも掘りきれていないんです。こんなのあったんだというのがいまだに出てきますよ。タイは自主レーベルがめちゃくちゃ多いんです。結構な数のレーベルをこの本でも紹介しているんですけど、いまだに見たことがないレーベルが出てきます。

宇都木:結局、終わらないですよね。また嫌なのがタイの次は他の国のディスクガイドを作ろうとかやっぱり僕らも考えるんですよ。僕らインドネシアとかミャンマーに旅行してレコードを買っているからやろうと思えばできる下地はあります。でも、この続きの方をやりたいと思っちゃうんですよ。この本である程度メインのこと書いたのでこの次書くのはより強力なことを書かないとダメなのはわかってはいるんですけど。

高木:あとはこの本をタイ人が読むと何か起こるかもしれないです。僕らとは違うベクトルで掘り下げる人が出てくるかもしれない。それを期待してますし、それをすごく読みたいです。映画でもアピチャッポンみたいな人がいるわけだから音楽でもそういう人が出てくるかもしれない。

——最後になりますが、この『TRIP TO ISAN』の読みどころをいくつか教えてください。

宇都木:ひとつはペット・ピン・トーン楽団の章ですね。この人たちはイサーン人以外を認めていないイサーン人で、彼らの音楽も最高ですけどそういう姿勢含めてかっこいいところなんで。あとはモンルディー・プロムチャックさんのインタヴューは面白いと思います。タイとラオスの関係が書かれていて、イサーンとは、ラオスとはどういうものなのかがこの人のインタヴューを読むとよくわかります。この人の考え方や思想はまさにこれこそイサーン人っていう。この2組はさっきも話に出たイサーン音楽へのプライドが高いところが表れていると思います。

高木:実際は全員プライド高いんですけどね。あとはパーと見るとレコード盤しか載っていないように見えますけど、イサーン人の文化や人となり、ゴシップなんかもいっぱい詰まってるので、あまりレコードに興味がない人も読んでほしいです。そして、これを持ってイサーンに旅行する人が出てきたらうれしいなと思います。

宇都木:僕はレコードのコレクターにも当然読んでほしいんですけど、意外とミュージシャンの人に読んでほしいなと思っていて。イサーンの人たちがいろんな手法を使ってなんとか売ろうしてきた努力がわかるので。イサーン人だから生み出せた日本人じゃない考え方って絶対あると思うんですよ。ぶっ飛んでいる人たちがいっぱいいるから、それを日本人のミュージシャンが読んで面白がってもらってそういうのを取り入れてもらえればいいですよね。

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——「TRIP TO ISAN」を読んでイサーンの音楽に興味を持った人は、その次のステップとしては何をしたらいいでしょうか。

宇都木:この本を読んでレコードを欲しがる人も多いと思うんです。ただレコードにこだわりすぎると簡単には手に入らないものもあるので、よほど気合を入れないとまず聴く量が減ってしまいます。まずは聴いてほしいというのがあるのでCDでもカセットでも何でも聴けるものを頑張って買ってほしいです。インターネットで聴くのもいいんですけど、現地に行ってCDを買うことがそこは大事で。そこで絶対コミュニケーションが生まれるので。

高木:いまは100 曲入ってるUSBが500円くらいで売ってますから。最初は本当にそういうのでいいと思うんです。それでUSBにもCDにもなっていないものは、僕らが頑張ってライセンスを取ってリリースをしていくというのが今後の目標ですかね。

宇都木:この本に載っているジャケットを指さしてこれがほしいと言えば、この音楽のCD とかUSBを店員さんが探してくれると思うし、これを持ってイサーンのレコード屋に行って楽しんでもらえればうれしいです。

高木:結構軽くて、持ち運びも便利なんで。でも、このレコードくれって言ってもなかなか出てこないと思います。もし出てきたら買ってください、かなり運いいと思うので(笑)。

宇都木:まずないですから(笑)。僕らも簡単に手に入れられたことはほとんどないので。でも見つからなくてもタイ人は結構優しくしてくれるので、この歌手好きだったらこれもいけると思うよって他の音楽を薦めてくれるはず。それでコミュニケーションしていくと詳しくもなるしそれが楽しいと思うんですよ。実際に、僕らはそれが楽しくて何年もやってるので。

取材・構成・写真:渡辺進也
2017年4月、新宿

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