三宅唱インタビュー いつまでも出会いの途中
©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
地理的にも、時間的にもそれほど広大ではない、どちらかといえば狭い関係、短い期間を扱っているにもかかわらず、三宅唱の映画は窮屈な印象がほとんどない。これはあらゆる可能性に満ちた世界の一部なのだと感じさせてくれる。その印象は今回でいえば多くの人がさまざまな過去を持っているとか、あるいは宇宙とか、脚本やテーマだけに支えられているものではないはずである。今回は演出に焦点を当ててそのことを伺った。
見えないものを知ろうとするところにたどり着くために
──藤沢さん(上白石萌音)の背中から映画を始めようと決めたのはどの段階だったのでしょうか?
三宅唱(以下、三宅) 具体的な質問をありがとうございます。シナリオを書いている段階でした。ただし、背中からと決めていたのではなく、顔ではないだろうな、という考えだったように思います。もともと、冒頭は主人公のPMSの波が頂点に達した直後の場面からはじめたいと考えて、何パターンも書き直していたんですが、あるとき、梅ヶ丘のバスロータリーの隅で路面に横たわっているリクルートスーツ姿の女性を目にしたんです。近くのスーパーの店員が声をかけていて、警察官がやってきて、多くの人は足を止めずに駅へ歩いていて。そういう光景を反芻しながら、この映画はまず街角にキャメラをむけて、ふだんなら見逃してしまうかもしれない彼女のような存在を発見するところから始まるんじゃないか、というように想像しました。となると、急には顔を撮れない。現実でも、ロータリーで突然顔の目の前で撮り出すなんてあり得ないし。それで、警察に声をかけられて体を起こす、その流れであれば自然と彼女の顔が見えてくるから、ト書きもそういう書き方をしていました。最初は「女」で、顔が見えてから「藤沢美沙」と。
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