本当は私はスーパースター

 知ってますか?世の中にある「プライベート」って冠されている曲は全部良いんです。BONNIE PINK(「Private Laughter」)とかChara(「PRIVATE BEACH」)とかUA(「プライベート サーファー」)だとか。そしてさらに、「スーパースター」がついている曲も、どれもいい。東京事変(「スーパースター」)だったり、リナ・サワヤマ(「Ordinary Superstar」)とか。だから「プライベート」と「スーパースター」をくっつけたら最強なんです。
 「スーパースター」について私は普段からすごい考えてるというか、関心事としてずっとあるんです。グザヴィエ・ドランの『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(2018)という誰も評価していない映画があって(笑)。私はドランではそれが一番好きなんですけど、29歳で亡くなったドラマスターとファンの小学生の男の子の話で、ファンレターを送ったら返事が来て200通ぐらいやり取りをしてて…みたいな話で、もう本当に感動して。
 この曲で自分にとって「スターの本当のこと」を書きたかったんです。でもたとえば、スーパースターが本当は孤独で影があってみたいな話は、ありふれている。私が君にとってのスターとか救世主みたいな存在であるというような歌もたくさんある。ただ、ありふれているもののすべてが嫌いなわけじゃない。だったら私はJ-POPなんて好きじゃないしやってない。だけど、この世に新しく生まれる「新曲」だからやっぱりまだ歌われていないことを歌いたいと思ってました。「プライベート・スーパースター」は他の曲にはない青春的な音が鳴っているので、若い年代のことを歌う曲だと思ったんです。普段は自然と三十代前後の労働者の歌を書いちゃうんですけど、これは十代とか大学生とか、若い、少年みたいな人物が出てくる歌だと思って。じゃあ自分がその年頃になにに悩んでいたかというと、理想の自分とのギャップにずっと苦しんでいたんだと思います。自分はもっとできるはずのにできないとか、こうなりたいけどなれないとか。それは場数だの訓練だの「これは頑張らなくていい」みたいな諦めだの、そういう成長で少しは解消されていくわけだけど。でも自分はできるはずだ、きっと自分みたいな人がスーパースターにならなきゃいけないんだ、自分はそういう世界を望んでいるという、そういう切実な気持ちで、どうにかここまでやってきたわけだから。自分自身をスターだと信じてきた強く弱い気持ちだけが、私を10年間かけてここまで連れてきてくれたと思っているから。その本当の気持ちを残したいと願って書きました。

——「プライベート・スーパースター」がこのアルバムの序盤のハイライトと言ってもいい気がします。

 このアルバムは山が何個もありますよね。一旦「プライベート・スーパースター」が序盤に来て、「Re:日帰りで」の盛り上がりもあり、中盤「遅刻」「だってシンデレラ」でJ-popな感じが続くのかと思いきや、「lucky cat」からまたガラッと変わるっていう。マスタリングチェックしている時、「lucky cat」からの流れを聞いて叫びました、「これアルバムすぎるよ——!」って。アルバムをつくれたんだなって思いましたね。
 曲順については、最初から大まかにこういう流れかなって決まってはいたけど、出来上がってから変えた部分もあって。「ログアウト・ボーナス」は1曲目って決まってたけど、「幼なじみになりそう!」とかは2曲目じゃなかったし。でも最終的には、神保町シアターで『大失恋。』(大森一樹、1995年)を楽しく観てる時に「なるほどね、曲順ってこうやって決めるんだ」となぜか納得がいきました。ちょっとオムニバス映画的なイメージが自分の中であるんだと思います。

——個人的には「年一」から「Re: 日帰りで〜 」の流れがアガります!

——「年一」はなんで舞台が新宿3丁目なんですか?

 忘れましたけど、新宿のルノアールで作詞していたからかも。歌舞伎町の歌とか新宿を総体で捉えた歌はこの世にあるけど、私にとっての新宿は、3丁目なんですよね。「年一」は手を繋いでふたりが走ってる光景に辿り着くための歌なんだけど、その情景は岡崎京子の短編にインスパイアされています。『森』という未完の作品と短編を集めた単行本があって、その中に「毎日がクリスマスだったら……」という作品があるんですよ。それがすごく良くて。完全ネタバレであらすじを話すと、去年はラブリーダーリンがいて幸せだったけど、今年はもう最悪みたいな感じで、クリスマスイブに街をうろうろしていたら、その人の今カノだと思ってた人物と出会うんですね。でもその人ももう別れてて、元彼はさらに別の人と婚約していることがわかる。それで婚約者と元彼がデートしている現場にふたりで行って、元彼にシャンパンをぶっかけて帰るっていう話なんですよ。これが最後。さよなら。そしてメリークリスマス。たぶん二度と会わないふたりなんだけど、来年はきっともっと素敵なクリスマスが来るね。みたいな。それを読んで、クリスマスの都会の友情を讃えたいなと思って書きました。

泣ける、これでお願いします

——曲ごとに歌い方が全然違いますよね?

 それぞれの曲ごとにイメージしている人がいるんですよね。私はいつも歌い出しのレコーディングにテイクを結構重ねちゃうんですけど、そこで人格が決まったらあとはいけるなという感じがあります。演じるのとはまたちょっと違うかもしれないけど、今回は特に「この曲はこういう人」みたいなのが自分の中であったので、人の意見を聞きつつ、変えていきましたね。
 でも歌い方については、新しくなにかを習得したとか練習したというよりは、基本的にモノマネ芸人みたいなところがあるので、いろんな声の出し方の引き出しがもともとあって、トラックとか人格に合わせて使い分けました。
 たとえば「ログアウト・ボーナス」だとひとつのテーマとして脱力がありました。私はよくダンスでも歌でも変な力が入っていると言われて、「この力、変なんだ」と思うみたいな経験をずっとしてきたので、素直に声を出して出来るだけ力を抜いてやってみたり。だけど「かけがえながり」とかは割といつもの調子で歌っていますね。逆に「次行かない次」とかはド正面から歌ってるし、トラックも激しい感じでつくってもらってます。

——曲の歌詞として描かれている主人公と、いまおっしゃったレコーディングの初めに決める歌い出しの人格は紐づいているんですか?

 うーん、たとえば「次行かない次」だと歌詞の主人公は自分よりも若い、女子大生くらいの人をイメージしてるんですよ。歌を歌う時は女性のことを思い浮かべてることが多いから、歌う時も本人にはどうもなれない部分があるかもしれないです。「次行かない次」の録音時には大好きな漫画『ハチミツとクローバー』の電子書籍をiPadに映してみたりしました。
 この曲の場合、それこそ失恋して励ましてくれる友達とかもいるんだけど、飲み会から逃れてひとりで帰宅して、家で聴いた時に泣けるかどうかってだけでテイクを判断してます。だからプレイバックする時に、私はボーカルブースの隅に行ってうずくまって聴いて「泣ける、これでお願いします」とOKを出すんです。

——主人公はやっぱりひとりでとぼとぼ帰宅するんですね。

 そうですね。音楽はひとりで聞くものだみたいなのが自分の中であるので。ライブだと演者対観客大勢の構図になりがちだけど、そこでも一対一の線を結びたいし、やっぱり音楽とは一対一であるみたいな感覚が聴く側としてもあります。「次行かない次」は本当にひとりになった時の正直な気持ちを歌っているし、そういうものとして聞いてほしかったです。
 「次行かない次」は自分でもタイトルがいいなと思いました。これは他の人が書いたら「行けない」が入るんですよ。「行かない」と「行けない」をどっちも出してエモくするみたいな技法が使われるんだけど、主体的なので「行かない」んです。「隕石でごめんなさい」とかも、「寝れない」じゃなくて「寝てない」という歌詞が出てくるんですけど、周りにはなにも言わせないというか、ひとりの勝手な人生の話なんですよね。自分で自分の納得のいく選択をしていくというか。

二十代を肯定できた

 失恋ソングみたいな曲は初めてやったんですけど、歌い尽くされてるようなテーマだから、じゃあ自分だったらどういこうと考えながら書いてました。失恋というのは全然点じゃないと思っていて。たとえば振られて失恋しても、失恋の時期が始まっただけで、それを終わらせるには自分がどうしたら気が済むかを考えたほうがよい。恋愛をしたいようにするように、失恋だってしたいようにする。どこかに行ったり、なにかを話したり、作品にするなり、それかもう忘れたって自分が思えるようになるまで待つとか、そういうことをして時間を過ごす。失恋というのは状態というか時期であって、始まりを決めるのは向こうかもしれないけど、自分が終わりを決めるものだなというふうに思ったんですよね。

——別れと失恋は絶妙に似て非なるものですね。

 そうですね。「NG」とか「いつでも会えるよ」とかも精神的だったり物理的だったりする別れを経て自分や時間が進んでいく話だし、人が一緒に居られなくなることについては歌ってきたけど、フラれるとか、告白したけど付き合えないとか、そういう失恋のことをそろそろ歌いたいなと思って。
 ちなみに「次行かない次」の歌詞のメモはaikoさんのライブ中に書きました。aikoさんは恋愛についてのあらゆることを歌い尽くしてるんですけど、それはあくまでもaikoさんのラブソングで、aikoさんの恋愛観。いやほんとに大好きなんですけど、それが恋愛のすべてみたいに思えてくるほどのすごい力があるんです。覆われるというか。だから自分は自分のための歌を書かないとダメだと思ったんです。

——「シャトルバス」では、「結婚式」という言葉を使わずに結婚式の二次会からひとり帰る情景が連想できるようになっていますよね。

 そう、「ログアウト・ボーナス」で「結婚」というワードを使っちゃったので、「結婚」は使えないなと思って。当初の仮タイトルはカーソン・マッカラーズの作品から引用して『結婚式のメンバー』でしたが、結婚式のことを「結婚」という語彙を用いずに描くぞという課題みたいなのが生まれました。最終的には同窓会や成人式などにも意味がとれるように少し表現を開いて調整したつもりです。
 「lucky cat」はカラオケまねきねこの直訳だけど、これも「カラオケ」という言葉を出さずに書いたんですよ。「Re: 日帰りで〜」で「カラオケ履歴」を使っちゃってるんで。ひとつのアルバムの中で同じ言葉を繰り返さないようにしようみたいな、そういう制限が生んでくれるものは結構あります。

——「lucky cat」ってカラオケまねきねこのことなんですね……!

 そう、毎回ひとつのアルバムに一曲カラオケの歌を入れられればいいかなと思ってます。カラオケがとにかく好きなので。『きみの鳥はうたえる』(三宅唱、2018年)のカラオケシーンのロケ地である「まねきねこ函館店」にも聖地巡礼したくらいです。でもアルバイトの人に何号室で撮影したんですかって聞いても「きみの鳥???映画ですか?」みたいな感じでさっぱり伝わらなくて結局何号室かはわからなかったんだけど、逆にそれが嬉しくて。あの映画の中のふたりは、撮影に来たわけじゃなく、ただこのカラオケに来ただけなんだよなみたいな気持ちになりました。もうふたりがどの部屋で歌ったのかもわからない。私はしっかりハナレグミ版の「オリビアを聞きながら」を最初に歌いましたけどね。
 「lucky cat」を書くにあたって、いろんなカラオケシーンを思い浮かべたし、私一緒にカラオケ行った友達がいいと撮っちゃうので、カメラロールの映像をいっぱい見ました。これはラブソングになってるけど。『きみの鳥はうたえる』のカラオケシーンって、歌ってない染谷将太さんの方を映すのがいいんですよ。サビでやっと石橋静河さんが歌ってるのが映るんだけど、観客はそれを見ても、いま隣で座って聴いている彼はどんな顔をしてるんだろうってことばかり思っちゃう。映ってない方を考えちゃう撮り方が、すごいなと思って。
 それで「プライベート・スーパースター」のMVではロケ地巡礼してます。『きみの鳥はうたえる』に店先のスタンドフラワーを抱えて明け方に歩くシーンがあるじゃないですか。あの場所をたまたま見つけて、花は持ってなかったので雪持って歩いて。ちなみに君島くんは映画観てない(笑)。
 三宅さんの映画にはすごい影響を受けています。直接的なことじゃないけど、今年『夜明けのすべて』(三宅唱、2024年)を観た後に取り掛かったことは、全部間接的に影響を受けている。あの作品がこの世に生まれたことが嬉しくて、その後で自分はなにができるかなと思うんです。

——「いつでも会えるよ」は、サビで「二十代!」と高らかに歌い上げるところがすごく好きです。

 「いつでも会えるよ」は、今年引っ越しをしたので、引っ越しの歌を歌いたいと思ったのに加えて、関係性が決定的に変化してしまった後の希望を描きたかったんです。人と人が何らかの別離を経て、もしまた仲良くなっても、「あの頃」と今は決定的な違いがある。その哀しみを織り込んだ上で、でも関係性の未来を明るく思いたいとかまた仲良くなれるという時に、過去の話をする以外の楽しみがある関係になれていたらいいよなと思ってました。
 連作小説集『大都会の愛し方』(パク・サンヨン)の中に「ジェヒ」という、ゲイ男性とヘテロ女性の長い友情を描いた作品があって、今度映画化もされるんですが、男女の友情って歌で描くのは難しいんですよね。難しいけどやってみたくて、だからまず『大都会の愛し方』の主題歌を勝手に書こうみたいな。あと、漫画ではジョージ朝倉の『ハッピーエンド』だったりとか、映画では『ガールフレンド』(クローディア・ウェイル、1978)や『フランシス・ハ』(ノア・ノームバック、2012)をイメージしています。
 それと、私の中では重大な命題としてある、女友達の結婚についての曲でもあります。友達と夜中に電話したり、すぐに会いに行ったりしたいから、友達の結婚は大きく自分に降り掛かってくるんですよね。だから今回のアルバムでは、12曲で3回も結婚のこと歌っちゃってる。女友達の彼氏と私、という関係も自分にとっては大きいんですよ。向こうがずっと気まずそうにしているという感じで、あんまり仲良くはならない。そのなんとも言えない微笑みを私は覚えているわけです。嫌いでもないけど仲良くできないみたいな。
 でも、「いつでも会えるよ」の歌詞が書けた時に「いけたな」みたいな感覚があったし、自分の二十代を肯定できた気がしました。友達となぜか連絡がしづらくなったりすることとかも全部ひとつずつ切なく思ってたんだけど、そういう過去や思い出とどう生きていくかみたいなことについて、曲としてひとつ返答みたいものを出せた気がします。そういった二十代を通して感じてきたことに思いを巡らせつつ、特定の女友達のことを思いながら書きましたね、結局は。
 そうやって私は市井の人々のかけがえのない日常を一生歌っていくんです。最初に「邦画として書く」って言いましたけど、だからひそかに目指すは令和の森﨑東ですね。

2024年9月4日、世田谷 取材・構成:浅井美咲、結城秀勇 写真:隈元博樹

アルバム情報

ゆっきゅん『生まれ変わらないあなたを』(9 月 11 日発売&配信) ¥3000(税込)

  1. ログアウト・ボーナス(作詞:ゆっきゅん、作曲・編曲:奥中康一郎)
  2. 幼なじみになりそう!(作詞:ゆっきゅん、作曲:しずくだうみ、編曲:鯵野滑郎)
  3. プライベート・スーパースター(作詞:ゆっきゅん、君島大空、作曲・編曲:君島大空)
  4. かけがえながり(作詞:ゆっきゅん、作曲・編曲:幕須介人)
  5. 年一(作詞:ゆっきゅん、作曲・編曲:yellowsuburb)
  6. Re: 日帰りで – lovely summer mix (作詞:ゆっきゅん、作曲:yellowsuburb、Remix:ラブリーサマーちゃん)
  7. 遅刻(作詞:ゆっきゅん、作曲・編曲:野有玄佑)
  8. だってシンデレラ(作詞:児玉雨子、ゆっきゅん、作曲:児玉雨子、編曲:幕須介人)
  9. lucky cat(作詞:ゆっきゅん、作曲・編曲:壱タカシ)
  10. シャトルバス(作詞:ゆっきゅん、作曲・編曲:梅井美咲)
  11. 次行かない次(作詞:ゆっきゅん、作曲・編曲:奥中康一郎)
  12. いつでも会えるよ(作詞:ゆっきゅん、作曲・編曲:鯵野滑郎)

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