©2015「ローリング」製作委員会

——『ローリング』の企画はどのように始まったのでしょうか。

冨永昌敬:水戸構想会議という実業家の親睦団体があって、水戸短編映像祭に協賛もしてるんですけど、地元の歓楽街を舞台にした映画製作の企画が出て、それに僕が誘われたわけです。そこで確認したのは「ご当地映画ではない」ということ。つまり必ずしも自治体を礼賛するような内容でなくてもいい、ということだったんですね。それで有り難くお引き受けしたわけなんですが、もしお誘いがなかったとしても、2002年に水戸短編映像祭で僕の『ビクーニャ』が受賞して、青山真治監督や阿部和重さんなどの推薦をもらえたというのが自分のキャリアのスタートでしたから、自分にとって水戸は特別な土地なんです。だから、この数年審査員として映像祭と関わりを持つなかで、いずれは水戸で撮りたいという話をしてはいました。

——これまで東京を除けば、具体的な土地としてそこを撮ってはいなかったと思うんです。ある地方のどこかとか、宮城県の島くらいの舞台設定だったかと思います。水戸という固有名詞とともに映画をつくるというのはこれまでと何か違いましたか。

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冨永:『ローリング』は「おしぼり」と「ソーラーパネル」の映画だと僕は言ってるんですけど、そもそも貫一(三浦貴大)の仕事がおしぼり配達となったのも、舞台となった大工町(歓楽街)を取材中に見かけたからなんです。つまり夜の街を一番知っているのはこういう出入り業者だろうと。もうひとつは水戸の不良に「いま仲間内で流行っている金儲けのネタは何ですか」と聞いたら、「ソーラーパネルじゃないすか」と返ってきた。ソーラーパネルというのはそれを置くための土地がまず必要なんですけど、茨城県というのは平地が多いので設置に向いてるんですね。しかも農業人口が全体的に減ってるから休耕地が多いんです。その場合、不良たちはソーラー業者と地主をつなぐ役割をするんだけど、これを仲間内で次々に下ろして上前をはねることで小遣いを稼ぐというんです。つまり誰もソーラーパネルに触れることなしにソーラーパネルで金を儲ける。とはいえ僕が話を聞いた人も、実際にはそれで儲かってるわけではなくて、副業として、まあ遊ぶ金になればいいやくらいの姿勢で。そこにリアリティを感じたわけです。

——この映画にソーラーパネルが出てこないのはそういうわけなんですね。

冨永:劇中のCMに出てくるだけですね。荒野の場面で東京の弁護士役の杉山(ひこひこ)が、「想像してください。この広大な土地に皆さんのソーラーパネルがびっしり敷きつめられている風景を」と言います。それで主人公たちは騙されるんですけど、潤ってる自分の姿をイメージさせるのは典型的な詐欺の手口なので、いい気になってきたところで「電力会社の推奨スキームに則ってご説明してます」などと付け足して安心させる。「スキーム」なんて言葉が妙に説得力があったじゃないですか。いわゆるVPF問題で。その手の会合に出たときにみんなスキームスキーム言ってて、正直スキームの意味を知らなかったから何だろうと思って。川瀬(陽太)さんとも話したんですけど、みんなスキームって単語を使いたかったんでしょうね(笑)。

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——先ほどこの映画はおしぼりとソーラーパネルの映画だという話がありました。そうしたリサーチがシナリオに反映されているわけですね。

冨永:おしぼりの周辺にいる人たちはソーラーパネルには触れないわけですよ。でも、おしぼり工場を動かしてるのは電気なんです。震災直後に水戸に行ったとき、建物の外壁が剥がれてるのを見て驚いたんだけど、水戸には被災してる自覚がない人もいるわけですよ。きっと隣県の福島の被災の度合いが大きすぎるからだと思う。そういう意識のありようが、ソーラーパネルというエネルギー問題の新機軸にも、ある意味でライトな感情を持たせるのかもしれない。都会だったら車2~3台分の広さでもコインパーキングを作るでしょ。田舎では同じ広さでもソーラーパネルを置く。そういう感覚です。

——『ローリング』は冨永監督にとっての久しぶりのオリジナルシナリオですが、原作ものとオリジナルではシナリオの書き方は違いますか。

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冨永:たしかに違いますけど、たとえ原作のものでも興味のないものはできないので。『パンドラの匣』なんかは自分がやりたくて映画化にこぎつけた企画でしたし、『乱暴と待機』も、お誘いをいただいた当初こそ自分には難しい気がしたけど、原作者と同じ頭になろうとしたことで、結局はむしろ自分の話みたいになってきたんです。やっぱり他人の物語といっても自分が脚本を書けばある程度は同化するもんですから。最近あんまり簡単に同化するのも問題じゃないかと思ってて、つまり自分は空っぽなんじゃないかと。これではまずいぞと思ってたら、ちょうどある会社から、オリジナルのシナリオで映画を作りましょうと誘われたんですね。それでプロットをいくつか出したんですけど、ことごとくボツにされたんですよ。しかも向こうはその理由を言わない。出来上がった映画を想像してくれてないんだと思って頭にきて、出したプロットを3つとも引っ込めて、何が何でもオリジナルの映画をつくってやると気合いが入ってたときに、今回の話をいただいたんですね。だから、かつては自分は空っぽでいい、他人の物語でも自分の映画をつくれるんだと思ってたんですけど、オリジナルもたまには作らないと、いざ企画を出したときに何の説得力もない人になってしまうと。残念ながら監督のオリジナルのシナリオっていま一番うっとうしいものになっていると思うんです。だっていまそんな映画ほとんどないでしょう。オリジナルで映画つくってる人たちなんてNOBODY周辺かspotted周辺の人たちくらいですよ(笑)。でも逆に言うと、そこには少数だけどオリジナルで映画をつくってる監督もいるんだから、自分だってやりたいとなるわけですよね。

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