パリ滞在日記2 2013年5月8日(水)

 朝9時に起床し、パリで使うプリペイド携帯を怪しい店で購入後、クレモンと一緒にモンパルナスに行く。ブルターニュ地方のチーズとハムと玉子のシンプルなクレープとリンゴの果実酒で腹ごしらえし、リュクサンブール公園を横切ってオデオン、サン・ミッシェル界隈の映画館をまず案内してもらうことに。以前、彦江さんにパリでジョギングするならどこが良いか聞いたとき、リュクサンブール公園が良いと言っていたが、たしかにジョギングには気持ちが良さそうな場所だ。クレモンが通っていたリセはこのそばにあるらしく、ジャック・プレヴェールやミシェル・ゴンドリーもそこの卒業生なのだとか。この前、アンスティチュ・フランセ東京で『ランジュ氏の犯罪』が上映されたけど、あの映画はすごいよねという話をするも、ミシェル・ゴンドリーには特にお互い言及せず。それにしてもリュクサンブール公園は本当に良い場所で、のんびりとデートするには最高のスポットだ。クレモンが昔付き合っていた彼女との最初のキスはここでだったと言ったので、僕も負けじと昔付き合っていた彼女との最初のキスはやっぱり公園だったよと答える。

 「初キスをする場所は公園が一番」という点で意見が一致したところで、アルドリッチの上映があるル・シャンポに到着し、近くのカフェで時間を潰してから『合衆国最後の日』を見る。分割された画面でなしくずしに事態を急転させていく手つきと勢いに舌を巻く。リチャード・ウィドマークのいつも通りの悪どさを見て、不慣れなパリにまで来た者としては、何故か安心させられてしまった。『カリフォルニア・ドールズ』で悪徳プロモーターをしていたバート・ヤングが、この映画でもやはり良い存在感を発揮している。家を出る前にクレモンの家で、YouTubeにアップされているアルドリッチの『クワイヤボーイズ』のとあるシーンーービルの屋上から飛び降りようとしている黒人女性を、警官役のバート・ヤングが説得するとこーーを見たのだが、おそらく『ダーティハリー』のパロディなのか、なだめるのではなく汚い罵声を浴びせるというくだりがあった。「Go ahead , bitch!」とバート・ヤングがハリー・キャラハンのように言った瞬間、黒人女性が自殺を諦めた、のではなく盛大に飛び降りて死んでしまうというなんとも凄いシーンだったので、今度全編を見てみよう。

 映画のあと、アクション・クリスチーヌの前まで案内してもらい、そこでクレモンと別れる。そういえば梅本さんが好きだったというユンヌという本屋はこの辺だろうと思い出し、適当に歩いていたらサン・ジェルマン・デ・プレ教会そばにあるその本屋を発見。改装されたのか、中にはいると白を基調とした小綺麗な店内で、とりあえず2階にある「映画」コーナーに行って本を眺める。セルジュ・ダネー著作集や最近出たらしいギイ・ドゥボールについての本に食指を動かされるが、値段がそこそこしたので今回は購入せず。階段を降りる途中、正面の壁にジャック・ドゥミの写真が飾ってあることに気づき、しばし凝視。の後、「哲学」コーナーでアラン・バディウやジョルジュ=ディディ・ユベルマンらの名前が載った薄い本が平積みされているのを見つけ、手に取って中身を見たあと、元の場所にそっと戻し、結局何も買わずに出る。でも、たしかに良い本屋だ。また今度行って何か買おう。

 その後、特にいく場所も考えていなかったので、さっき買ったプリペイド携帯で槻舘さんに「Saint Michelにいます」とメールしようと試みるが、使い方がわからず、「S」のひと文字だけの何やら暗号めいた文章を送信をしてしまい、「What?」と困惑させてしまう。30分ほどサン・ミシェル橋の上で携帯と睨めっこしてようやく連絡がつき、夜は友人とベトナム料理を食べに行こうということで、槻舘さんを待つあいだに売店でパリスコープを買い、オデオン交差点にある"Les Editeurs"(編集者)というカフェで一服。ほどなく槻舘さんが到着し、パリスコープの読み方と今見るべき映画を教えてもらう。これは面白い、これはつまらないと、スピーディーに仕分けしていく手つきに感銘する。大いに助かった。色々と考えた末、明日はテレンス・マリックの新作「To be Wonder」がステュディオ・グランという映画館で14時からやっているので、それに行くことにする。途中、そのカフェのテラス正面のオデオン交差点にある木に、クリスマスツリーの飾りのように何冊も本がぶら下がっているのに気づいたのだが、あれはいったいなんなんだろう?今度調べてみよう。その話を槻舘さんにすると、テレンス・マリックの新作にはこの場所を見下ろせるアパルトマンが出て来て、今まさに僕たちがいるカフェも映っているのだとか。すごい偶然だ!と思うものの、そういうことがさも普通に起こるのがパリの「日常」であり、この街の魅力なのだろう。

 オデオン駅から10番線に乗って、ジュシュー駅で7番線に乗り換えてトルビアックに向かう。安くて美味しいベトナム料理屋があるらしく、パリ在住の渡辺純子さんと合流し、牛肉のフォーを食べる。話を聞くと純子さんは編集者のヤン・ドゥデのアシスタントをしている方で、フィリップ・ガレルの映画やオリヴェイラのUn Film Parlé、Le Cinquième Empire、Le Miroir magiqueでも仕事をしているという凄い方であることが判明。昔、ヤン・ドゥデが自分の作品の主演俳優と女優を新聞広告で募集していたことがあるらしく、ヤン・ドゥデが何者なのか知らないまま問い合わせていったところ、「若過ぎる!」と断わられたのだとか。そのとき、純子さんは本当は編集に興味があると言ったところ、ヤン・ドゥデが「えっ?実は俺も編集者なんだよ、トリュフォーの映画とかの」と切り返され、そのままアシスタントとなったそう。新聞広告で主演を探すヤン・ドゥデもどうかと思うが、なんか凄いエピソードだ。フランソワ・ミュジーとヤン・ドゥデと車に乗ったとき、「俺は25のころからトリュフォーと仕事している」というヤンに、ミュジーが「俺だって25のころからゴダールと仕事してるよ!」と言い返していたという話を純子さんから聞いたり、シネマテーク・フランセーズの本屋でレジ打ちをしている店員は実はベンヤミンとかを翻訳したりしている凄い奴だという話を槻舘さんから聞いたりして、大いに楽しい時間を過ごす。槻舘さん曰く、フィリップ・ガレルが日本で映画を教える仕事の口があるならいつでも行きたがっているとのことだった。パリには本当に面白い人がたくさんいると実感。

 帰宅する前に北駅近くのパキスタン人の店で水を購入しに行き、大きな黒人男性からなにやら罵られた気がしたので、「ごめん、フランス語わかんない」というと、逆に謝られて最後はボン・ソワールとお互い挨拶して別れる。その夜はクレモンが用事で家にいないうえ、彼の父親のジャン=フランソワ・ロジェもバケーションでいないので、DVDが溢れたでかい家にひとりきりで寝ることに。明日はテレンス・マリックの映画を見て、パリの街をブラブラすることにしよう。