10/28(月)『リアル〜完全なる首長竜の日〜』 田中竜輔

『リアル』を再見かつ再聴して、佐藤健の声がどことなく画面を包み込むような音の広がりを有しているのに対して、綾瀬はるかの声がスクリーンの中央部に定位し閉じこもったような感じで聴こえたことに気づく(本当にそうつくられたものかどうかはわからないが)。佐藤健が綾瀬はるかの心の中に入り込むという物語が、中盤から見事に反転していく作品の構造を考えると、実に周到な音配置であるように思える。最初から綾瀬はるかの声は、佐藤健の内側にだけ響くものとして録られていたのかもしれない。佐藤健はいくつかのシーンでスカッシュに興じていたが、ボールを壁に向かって打ち込むそこでの音響は、まさしく佐藤の心の内側に反響する綾瀬の声をボールと壁に置き換えたような示唆的な場面であるようにも見えてくる。

このフィルムに終始流れ続ける不穏な音響は、『リアル』というフィルムを包み込む音響のようにも聴こえるし、一方で『リアル』というフィルム自体が発しているものであるようにも聴こえる。前者が「揺れ」と表現できるのならば、後者は「震え」と表記すべきものだろうか。おそらくそれらはどちらも偏在している。佐藤健は覆しようのない自らの過去という「震え」に向き合い、大きな「揺れ」としての「首長竜」を目の前に屹立させることとなるだろう。これは決して受動的なだけの経験ではないのだ。

だから『リアル』の物語とは、「首長竜」の腹の中からその表皮へと辿り着くまでの物語なのだと言えるかもしれない。佐藤と綾瀬の原罪としての「首長竜」というイメージは、いつの間にか彼らがかつて見殺しにした少年の化身として外部化される。彼らは自らの過去を捻じ曲げたと考えることもできるが、一方で彼らは自らの「震え」を「揺れ」に置き換えることで、その残酷な運命に直接的に対峙することを選択したのかもしれない。

そんなことを考えれば考えるほどに、中谷美紀演じるあの女医が、やはりこのフィルムの中で圧倒的に不可解な存在であることに突き当たる。何が起きてもまるで表情を崩さずに(唯一の例外はあの「船」をめぐるシーンだが……)、このフィルムのあらゆる「揺れ」や「震え」と関係を有することのないこの人物は何なのか? そして、彼女にはなぜ吹くはずもない「風」が吹き荒ぶのだろうか? つまるところ、『リアル』における「風」とは何なのか?

田中竜輔