2014年カンヌ国際映画祭受賞結果
パルムドール:『雪の轍 (原題:Winter Sleep)』(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン)
グランプリ:『Le Meraviglie』(アリーチェ・ロルヴァケル)
審査員賞:『Mommy』(グザヴィエ・ドラン)
『さらば、愛の言語よ(原題:Adieu, langage)』(ジャン=リュック・ゴダール)
監督賞:『フォックスキャッチャー』(ベネット・ミラー)
2014年カンヌ国際映画祭では、いかにもパルムドールらしい、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン『雪の轍 (原題:Winter Sleep)』が予想通り受賞し、ジャン=リュック・ゴダールの『さらば、愛の言葉よ』と、彼と肩を並べるにはあまりにも不釣り合いなグザヴィエ・ドランの『Mommy』に審査員賞が授与された。初長編でグランプリを獲得した若きイタリアの女性監督アリーチェ・ロルヴァケルの『Le Meraviglie』もまた、自身の自伝的な物語を繊細なタッチで描きながらも凡庸さから逃れることは出来なかった。監督賞の『フォックスキャッチャー』(ベネット・ミラー)もまた、昨年のカンヌにおける良作と呼ぶ以上に力のある作品とは言えない。無冠ながらもっとも野心的な作品のひとつであった『サン ローラン』の監督ベルトラン・ボネロのインタヴューを、本年の日本公開を前にここでお届けしたい。
ーー『サン ローラン』の企画はどのようにはじまったのでしょうか?
ベルトラン・ボネロ(以下BB) 2011年の11月だったと思います。前作『メゾン ある娼館の記憶』が公開される前にプロデューサーからイヴ・サン=ローランについての映画をとらないかと提案を受けました。私にとっては、初めて注文されて制作した作品になります。もともと伝記的な作品は好きではないのですが、脚色でもなく、シナリオもない、かなり自由な条件だったのでこの企画に興味を持ちました。ひとりの人物の人生のすべてを描き、彼についての多くの情報を与えるような、よくある伝記映画にするつもりはまったくありませんでした。もちろん、シナリオを書く以前には数多くのイヴ・サン=ローランに関する本を読みました。資料で裏付けることは、情報を与えることとは違うことです。イヴ・サン=ローラン本人に寄り添いながらも、むしろ前作の『メゾン ある娼館の記憶』のように、人物に大きな焦点を当てるのではなく、彼らの生きる世界観を映し出すことが私にとっては重要でした。つまりサン=ローランという人物の持つ現実離れしたヴィスコンティ的な側面です。伝記的に人物像を描くことをほとんど放棄にしているといってもいいかもしれません。プロデューサーも視覚的な洗練と『メゾン ある娼館の記憶』の持つドラマトゥルギーをこそ『サン ローラン』に求めていました。この2本には共通する主題があります。それは美しさと厳しさが共存する世界を、現代ではない過去の時間を描くことです。一方は19世紀、他方は70年代を舞台にしています。今日、70年代についての映画を作る難しさは、とりわけ舞台装置の問題によります。私たちの両親の世代の生きた時代であり、彼らの記憶の中に未だ鮮明に残っている時代なのです。より正確に描くことが必要とされます。ですが、イヴ・サン=ローランが突出しているのは、彼が現代的なものと過去のものを混在させる才能を持っていたことです。彼はプルーストと同時にローリング・ストーンズを愛することができた。彼のクリエーションにはまったく異なる時代が共存しているのです。だからこそ、彼の生きた世界観であり時代を現在に描くことが可能であったのだと思います。この作品はカラーの35ミリで撮影しました。そのおかげで、色彩、質感は、デジタルでは表現できない官能性を帯びています。
ーーでは、シナリオはどのように構築していったのでしょうか?
BB プロデューサーが私に課した条件は、ひとりではなく脚本家とともに仕事をすることでした。それがトマ・ビドゥゲインです。彼はヨアキム・ラフォスの『A perdre la raison(理性を失って)』やジャック・オディアールの『君と歩く世界』のシナリオも手がけています。アリシア・ドゥラクの「Beautiful」など、イヴ・サン=ローランに関する多くの伝記をトマとともに読みました。私たちは、モード界のクチュリエ(服飾デザイナー)や経済の問題など華やかな世界の裏側に興味がありました。彼らの抱える問題は映画にも共通する、芸術、創造、経済といった数々のテーマを含んでいます。
『サンローラン』の企画が提案されるより前から彼に興味は持ってはいました。私の母親は彼を敬愛していて、子供の頃から彼についての本を読んでいた記憶があります。ですがその頃から私が彼に親しみを感じていたのは、華やかなモードそれ自体というよりも、その世界観や時代です。どうしたらその退廃的で豪奢な世界を、映画という現実を介して表現できるのか。最初はそこに大きな困難を感じていたのも事実です。最終的に前作『メゾン ある娼館の記憶』がそうであったように、崩壊しつつある壮麗な閉鎖された空間という構想を『サン ローラン』でも続けてみようと考えるに至りました。サン=ローランは、17歳でコンクールに入賞し、20歳でクリスチャン・ディオールのスターとなり、22歳で自身のブランドを持ち、25歳で世界的に有名なデザイナーとなった人物です。私はこのあまりにも有名で華麗な彼の伝記的な事実にどうやって立ち向かうかに情熱を傾けました。
ーーどのようにイヴ・サン=ローラン像を描こうとしたのでしょうか?
BB 一般的に伝記映画はその人物との親密な関係を気づくために、またその成功に至るまでの経過を語るために、その人物の神話的な部分を破壊してしまいます。私の作品は、彼がどのように「イヴ・サン=ローラン」になったのかを描いてはいません。彼を誰もが共感できるような平凡な人物に帰するのではなく、その狂気にも似た情動的な部分に近づくことを試みました。彼の有する神話を、あくまで神話として描きたかったのです。1974年、ポルト・マイヨーのホテルから物語ははじまります。私たちは彼の手にした成功と同時に孤独と絶望を、ベッドに横たわる彼の背中に見ることになるでしょう。そして次のシーンでは1966年に遡行し、アトリエでイヴ・サン=ローランについて話している声を聞き、キャメラは彼の手、そして最後に顔を私たちに見せます。このファーストシーンに作品の在り方が集約されています。イヴ・サン=ローランを描くためには多くの作品を参考にしましたが、たとえばマーティン・スコセッシの『アビエイター』におけるレオナルド・ディカプリオはそのひとりです。彼が演じたハワード・ヒューズは、不愉快な人物ではありますが、同時に恐るべき生のエネルギーに満ちています。そしてルキノ・ヴィスコンティの『家族の肖像』におけるバート・ランカスターです。『サン ローラン』にはランカスターが実際に好きだった多くの女優たちの写真や、彼が愛して止まなかったダニエル・ダリューの出演するマックス・オフュルスの『たそがれの女心』の抜粋を挿入しています。
『メゾン ある娼館の記憶』で、娼婦たちの生きる世界は急速に朽ちていき、彼女たちは居場所を失う。そこに待っているのは終わりであり、悲劇でした。一方で、サン=ローランは生き延びるのです。彼は不幸でしたが、ある種の生のエネルギーと呼べるものを持っていたのです。私はこの伝記的な映画作品を、その人物の成功の裏にある苦しみや葛藤を語るためのものにしたくなかった。彼の持つ陰鬱さや暗さを見せることなく、彼の求めた視覚的な美に留まりました。だからこそ、創作に行き詰まりドラッグに蝕まれるイヴ・サンローランを、彼のベッドに現れる鮮やかな色の蛇たちに託したのです。