『ZERO NOIR』と音楽 池田雄一インタビュー(1)

 9月の半ば、ちょうど私たちがパリに経つ直前に、東京藝術大学映像研究科「OPEN THEATER 2010」のなかで伊藤丈紘監督作品『ZERO NOIR』は上映された。ひとりの友人を「映画作家」だなんて畏まった言い方をすることに、むずがゆさのようなもの感じつつも、そう呼ばずにはいられない力をこの作品は持っていた。アルノー・デプレシャン、エドワード・ヤン、ジェームズ・グレイ、ジャック・ドワイヨン、ニコラス・レイ……作品から想起される輝かしい固有名たち。私たちはこのフィルムの一瞬、一瞬に魅せられ、正直なところかなりビックリしてしまったのだ。そして日本を離れてからも、どうにかして、観客に恵まれたとはいえないこの作品の素晴らしさを、若きシネアストの存在を、多くの人に伝えられないかと考えていた。

 そんな折、幸運なことに、オーサカ=モノレールのギタリストであり、『ZERO NOIR』の音楽を担当した池田雄一さんがフランスでライヴをすることを知り、ちょっとした小旅行気分で私たちは出かけることにしたのだった。パリの寒さとどんよりとした曇り空を忘れてしまいそうな光に満ち満ちたマルセイユ、モンペリエで、お話を伺うこととなった。この映画を巡る多くの固有名。この映画の画面に満ちている映画史のパースペクティヴを確認する作業は、これからの観客たちに委ねたい。まず、ここでは、その画面に満ちている音に耳を傾けることにした。そこに確実に、映画作家の思考を垣間見ることができるからだ。ライヴ直前、扉から漏れ聞こえる観客たちのざわめきとともに、インタヴューは始まった。

『ZERO NOIR』(伊藤丈紘監督)      (C)2010東京藝術大学

  ーーまず最初にお伺いしたいのは、池田さんがこの映画の音楽の作成を始められたのはどのような段階でのことだったのか、またどのような指示のもとに音楽を作られたのか、ということです。

池田 映像の編集が終わった段階の映像素材を頂いてからです。ただ、おそらく音の編集はまだしていない状態だったので台詞がちゃんと聞こえないところが結構ありましたね。キャメラが離れて撮影しているシーンでの会話が聞こえないといった状態でした。音楽に関しては映像を頂いた時点で仮アテというかたちで既成曲が入っていまして、「これらの音楽がだいたいのイメージです」というふうに監督からは伝えられていました、もちろん音楽が入っていないところもたくさんありましたが。そこからは僕が映画を見ながら考えたラフのものを何曲か作って、「こういう感じはどうかな」とその音源を渡して、監督から「ここはちょっと違いますね」という感じのなかなか真摯なメールが返ってくるという(笑)、 そういうやり取りを経ています。映画のサウンド・トラックをまともに作るということは僕自身初めてのことでしたが、作った曲数はもう結構膨大な数を作っていまして、使われていないものもいっぱいあるんですよ。

ーーこの映画は最初に主人公たちの家族のクリスマスの準備の場面から始まるわけですが、そこに流れる音楽がまさにクリスマスという雰囲気を有した楽曲ですね。この音楽は映画の中で幾度か変奏されていますが、この場面を基点につくられた楽曲だったのでしょうか?

池田 実はこの楽曲はエンディングや主人公のヨウ君(川口寛)の元彼女が自殺するシーンの楽曲として、『ZERO NOIR』のメインテーマとして一番最初に作ったものなんです。そのアレンジを変えたものが最初のクリスマスのシーンの音楽になっています。

ーーこの楽曲もそうなのですがこの映画で聞こえてくる音楽は、シンプルなギターのメロディーを中心にその周囲に装飾音的に他の音色が重なっていくような楽曲が多かったように思います。楽曲の製作には池田さんだけではなく、ピアノをはじめとして複数の方が参加されていたようですね。

池田 彼らには作曲ではなく譜面打ちという形で参加してもらいました。ピアノソロの楽曲に関してはその方にすべて弾いて頂いていますが、それ以外のアレンジでピアノが入っているものは拙いですが僕が弾いています。作曲に関しては頭の中で譜面を作るっていうパターンの方が多いんですが、今回は予算の関係上生演奏の豪華さを出すということはできなくて、僕がまともに弾けるのがギターだけだったので必然的にギターがメインになったんです。打ち込みというのも全然いいと思うのですけど、この映画の雰囲気では打ち込みの音だとしっくりこなかった。だから、なるべくギターでヴァリエーションを出したいと思っていました。

ーー映画のサウンドトラックを製作するのは初めての経験だということでしたが、いわゆるジングルなどの製作を手がけられた経験はこれまでにありましたか?  

池田 一応あります。CM音楽、と言ってもTVではなくてweb広告に音楽をつけるという仕事で、それがいわゆるジングルのようなものでした。でも、そういう作業と映画に音楽をつける作業がだいぶ違うということは今回で実感しました。監督の作りたい映画の雰囲気が明確にあり、音楽でシーンを盛り上げることの重要性を最初の段階で監督にかなり説かれていましたので 。なんとなくBGMとしてさーっと流れているというものではなく、映像と画面の雰囲気がちゃんと一致するようなものを作れるように、と。
 
ーー映画に対して音をつけるという作業というのは、普段の池田さんの音楽活動における作曲とは大きく異なったプロセスがあったのではないでしょうか。特にこの映画は台詞の編集が非常に特殊なもので、それが作業に及ぼした影響というのも非常に大きかったのではないかと……。

 池田 それはありましたね。ただ僕は、映像に音を「つける」というよりも、映像から何かを「拾ってくる」という感覚で音楽を作りました。画面の雰囲気とか役者の様子であったり具体的にどんな行動をしたりという、そういった具体的なものがないと思い浮かばなかったんですね。でも僕にとってたぶん一番重要 だったのは表情ですね。役者の台詞が終わったあとのふとした表情、ちょっとした頬の動きとか……だから、台詞とかそういうものからではないところが大きいのかもしれません。(続く)

 

   

 

池田雄一(いけだ・ゆういち)

2003年よりプロギタリスト・編曲・作曲家として活動開始。 同時に日本を代表するFUNKバンド、Osaka Monaurailに参加する。 同バンドは2006年より5年連続でヨーロッパツアーを敢行。 2010年、伊藤丈紘監督の「ZERO NOIR」の音楽を担当し映画音楽の楽しさを知る。 また、コンピュータープログラミングも得意であり、 多数のWebサイト、アプリケーションの製作を手がける。

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