今こちらではシネマテーク・フランセーズではヒッチコックのレトロスペクティヴが行われている。都合が合わず見逃した作品も多いので詳細は記せないが、今回は前回の記事と時系列が前後してしまうが、こちらで生活を始めたときのことを記しておこうと思う。
パリに来てまず目に入ったのは街の至る所に張られた金髪ペネロペ・クルスのポスターだった。『抱擁のかけら』の金髪のウイッグを被ったペネロペ・クルスの下に『Brune/Blonde』と書かれたポスターは、シネマテークで行われる映画における「女性の髪」に関する展覧会のものであった。膨大なコレクションを誇り、毎日魅力的なプログラムを提供してくれるこの施設ではその時、ルビッチのレトロスペクティヴの最中だったが、上映会場の上階にある展覧会へと向かった。
企画者であるアラン・ベルガラはインタビューにおいて、この企画は個人的な好みとある種の驚きから企画に取り組み始めたと語っている。個人的な好みはさて置き、彼が言うところのある種の驚きというのは、「女性の髪」というモティーフを主題として扱った本が絵画の文脈でも、映画の文脈においてもないことに対する驚きだとベルガラは言う。映画におけるモチーフの扱い方に関しては、昨年、東京日仏学院にてドミニク・パイーニが映画の中の「雲」という興味深い講演をしていたし、それについて書かれた本も刊行されいる。また、映画研究者ニコール・ブルネーズはルンペンプロレタリアをモチーフとしたアヴァンギャルド映画の取り扱い方に関する本もあり、映画におけるモチーフの扱い方の変遷についての議論はこちらでは盛んになされているようだ。
さて、『Brune/Blonde』に戻ろう。この企画展では6つのテーマ(神話、女性の髪の歴史と地理、身振り、シナリオ、素材、そして映画)に分けられており、それぞれのテーマにあわせて絵画や写真、彫刻、CM、フィルムなどをサンプルが展示され、過去から現在に至るそれぞれの分野の傑作たちがどのように女性の髪を用い、描いてきたのかを知ることができる。最後に「CINEMA」と書かれた赤いネオンが灯る小部屋の中では現代の映画作家6人による髪にまつわる短編が上映されている。髪を切る、切らないという問いに対する少女の回答をめぐるキアロスタミの短編や髪が短くなることによってあるカップルの世界が変わるを映した諏訪敦彦の短編、スカーフに隠されたイスラムの女性の秘密を描いたアブデラマン・シサコの作品等それぞれの映画作家たちの「髪」というモチーフに対する興味深い実践がこの小部屋では上映されていた。
もちろん、この企画展は領域横断的な部分もあり、必ずしも映画という文脈だけでは捉えられない面もあるが、そのことを差し置いても非常に魅力的なものであり(もちろん領域横断的なアプローチも魅力的なものなのだが)、それが多くの観客の足を展覧会の会場から出口へ向かわせるのではなく、展覧会からこの企画展で取りあげられた作品の上映を待つ列へと向かわせているのではないかなと、違う上映に並びながらふと思うことがあった。もちろん作品の持つ力がそれを促しているのだろうが、その力をどう人に伝えるかという方法論においては、今回の企画展の野心的な試みは成功しているし、今後もこのような企画は続いていくだろう。そしてそれはシネマテークだけでしか行うことができないことでもない。いろいろな所でこうした試みを行うことは可能なことだ。映画の上映環境は悪くなる一方だが、こうした方法を考えて実践していくことは良くない環境を打破するかどうかわからないが、何か新しい風を吹かせてくれるのではないかと期待したい。